サウナ室は相撲の稽古場をイメージして、鉄砲柱を置き、その後ろに全身鏡を設置しました。なぜかというと、鏡は相撲部屋に欠かせないものだからです。横綱を張られていた現役時代の稀勢の里関(現・二所ノ関親方)や白鵬関(現・宮城野親方)も、よく鏡を見ながら集中されていました。ジムで筋トレしている人もそうでしょう。ただひたすら体を動かすのと、自分の体を鏡に映してそれを見ながらトレーニングするのでは意識が違ってきますよね。そういったことがサウナでも大事だと思うのです。日常生活でも、たとえばエレベーターの中に鏡があるとつい自分を映して確認してしまいますよね。いい汗をかけているな、ちょっと痩せたかな? 最近太ってきたな……何でもいいですから自分と向き合って、自分を見つめ直すために使ってもらえれば。
サウナに入って気持ちがいいのはもちろんのことですが、娯楽として楽しいだけではなく、集中して入れて、自分と向き合い、自分を見つめ直せてしっかり疲れが取れる。そして明日への原動力になる。本気でそんな施設をつくりたいと思っています。
設備を充実させるヒントを得た施設とは?
──なるほど。その熱い思いが、相撲の稽古場をイメージしたサウナ室につながったわけですね。広くて深い水風呂など、サウナ施設としての完成度もすごく高いと感じます。「草加健康センター」に通われていたという話は聞きましたが、そのほかにも参考にしたり、設備を充実させるヒントを得られたりした施設はあるのでしょうか?
西新井の「堀田湯」(東京都足立区)にある深くて潜れる水風呂が、すごく気持ちいいと感じました。それでいろいろ調べていろんな施設に行ってみて、川崎の「朝日湯源泉 ゆいる」(神奈川県川崎市)の水風呂の深さである120cmがベストだと感じました。サウナ室にフレッシュエアーを取り入れるようにしたのは、「サウナヘヴン草加」(埼玉県草加市)を参考にしつつ「草加健康センター」で働いたときのことを思い出して、ブロワーを使った爆風ロウリュをするときドアを開けて空気を入れ替えていたことがヒントになっています。新鮮な空気を熱波として送ったら、やはりめちゃくちゃ気持ちいい。お客様の反応もよく、すごく喜んでいただけていたので、絶対にフレッシュエアーを取り入れて循環させるようにしたいと思ったのです。
外の空気を常に取り込めるようにすると室温が下がりやすくなり、ストーブの出力を上げなくてはならず、当然、電気代もかかってしまいます。しかし、そこは工夫して床を底上げし、天井を低くしてできる限り熱を保てるようにしています。結果として、新鮮な空気が循環しつつも、しっかり熱気が保たれるバランスが整ったサウナ室がつくれたと自負しています。
──サウナ室に「鉄砲柱」がドーンと立っているのは強烈なインパクトがありますね。脱衣所の靴箱の通気口やロッカー上のスーツケースも置ける空間など、細かい点にまで工夫が行き届いていることにも驚き、感心してしまいました
設計や施工をお願いした業者の方も、プロとしてこだわりを持って仕事してくださる人ばかりでしたのでありがたかったです。鉄砲柱にしても、生きている木で、あの太さのヒノキを室温95℃の部屋に立てることは普通なら考えられないというか、あり得ないことでしょう。細かい部分まで相談して、ひとつずつ丁寧に工事を進めていきました。
開業前に恵比寿、新宿、草加の人気施設で修行
──力士を引退された2021年5月から、この「サウナ横綱」開業までの約3年半は何をされていたのですか? 「草加健康センター」で働いていたという話でしたが、そのほかには……?
サウナ施設の経営と運営を学ぶため、まずは「恵比寿サウナー」(東京都渋谷区)のオープン前から入り、1年間働きました。周囲からは当然のように反対されましたね。「どうせムリだろ」と笑われたこともありました。確かに、世話人として相撲協会に残る道もありましたし、親方の紹介で就職することもできたかもしれません。しかし、そこはハングリー精神で。中学を卒業してすぐに相撲の世界に入りましたから、履歴書の書き方も知りませんでしたが、やりたいことがあるのだから挑戦したいという気持ちが強かったですね。
「恵比寿サウナー」ではサウナ施設の開業を経験できただけでなく、料理に関しても、和食の板前の方にみっちり仕込んでもらいました。相撲部屋でのちゃんこ番の経験もあり、ちゃんこ鍋などにレシピが生かされていますが、食材の切り方や味付け、盛り付けなど調理の技はあらためてすべてを学び直しました。天ぷらの揚げ方、オープンキッチンの中での立ち居振る舞い方、参考になることばかりで、目からうろこが落ちるようでした。その方は今、グアムで日本料理店を開業されています。
その次が「新宿天然温泉 テルマ―湯」(東京都新宿区)で、ここでも1年間働きました。支配人と一緒に売上を確認したり、社員研修やアルバイト教育をさせてもらえたり、ものすごく貴重な経験をさせてもらえました。あと、お客様の前で初めてタオルを振ったのはここでした。そしてサウナ施設開業までの修行の締めくくりとして、現役時代から通っていたホームサウナであり、大人気施設である「草加健康センター」で運営を学びたいと考えて、1年間お世話になりました。おかげさまで有意義な3年間を過ごせました。心から感謝しています。
小江戸・川越を土俵に選んで相撲界に恩返し
──そして、いよいよ「サウナ横綱」の開業に至るわけですね、創業の地として川越市を選んだのはなぜだったのでしょう。
小江戸と呼ばれる川越には江戸の街並みが残ってるので、まげや着物といった力士の装いがしっくりきますよね。大相撲の土俵に使われている土は川越の荒川沿いで採取されていて、新弟子になって6カ月間学ぶ相撲教習所でも、そのことを教わります。相撲神社(=民部稲荷〈みんぶいなり〉神社)があって、ちびっこ相撲大会も毎年盛り上がっています。2024年4月にも大相撲の巡業で川越場所が開催されました。以前から相撲と親和性が高いと思っていましたので、力士出身の自分が第2の人生をスタートさせる土俵としてぴったりだと思ったのです。
サウナと出会って人生変わりましたが、その前に自分には相撲がありました。そのおかげでサウナとも出会えたのです。もし力士になっていなかったら、今自分がどうなっていたか。想像もつきません。だからこそ相撲と縁の深い川越で、相撲界に恩返ししたい。そう考えました。
──竹内さんだけでなくスタッフにも元力士の方がいらっしゃるそうですね。早くも引退した力士の受け入れ先となっているような印象を受けます。これもひとつの相撲界への恩返しですね
自分のほかに元力士がふたりいます。サウナ室でのアウフグースは、まずは自分が担当するつもりですが、元力士によるアウフグースがあれば喜ばれると思うので、技を伝授し、やってもらおうと思います。ここ川越からスタートして、施設を増やして展開を広げていきたいと考えていますし、現役を引退した力士が来てくれれば、喜んで受け入れます。
──現役時代は人気力士の遠藤関の付き人を務めていらっしゃったと聞きました。遠藤関も遊びに来てくれるかもしれませんね
そうですね。遠藤関とはずっと一緒で、その縁もあってアウフグースで振るタオルは永谷園の「お茶漬け海苔」のパッケージ柄です。年齢も近かったですし、普通の付き人よりも深いお付き合いをさせていただいたと感じます。遠藤関は温泉が好きで、スーパー銭湯にもよく一緒に行っていました。落ち着いたら、ぜひ遊びに来ていただきたいですね。
店舗展開の拡大、さらなる施設充実のプランも
力士が引退後にちゃんこ料理店や焼肉店を開くのはよく聞く話ですが、サウナ施設のオープンは初耳。気になる人、多いのではないでしょうか。コンセプトはこれまでになかった“相撲”。
趣向が凝らされていてユニークなだけでなく、純粋にサウナ施設としての完成度が高く、「稽古場サウナ」に入る前の脱衣所「支度部屋」から追手風部屋直伝のちゃんこ鍋も味わえる食事処まで、万全の仕上がりなのですが、竹内さんによるとさらなる施設充実のプランもあるそう。また、施設を増やして展開を広げていきたいという話もあったり……。本川越に続く他店舗のオープンも含めて目が離せません!
サウナ横綱 ※男性専用施設(レディースデー開催予定)
■住所:埼玉県川越市中原町1-2-6 カシーラ彩食館1F
■営業時間:前10:00~深0 :00、定休日=無し
■料金:60分=900円、90分=1,700円、120分=2,200円(120分以降、延長30分ごとに+500円)※土日祝は+300円
※詳細は公式HP(https://sauna-yokozuna.com/)をご確認ください
撮影/山口京和
取材・文/吉牟田祐司