「いい酒、いい人、いい肴」。テレビでも活躍する、とある居酒屋評論家が掲げた、いい居酒屋の三原則ですが、サウナを含めた温浴施設にもこれが当てはまるのでは……と思う、今日この頃。いい酒とは、居酒屋で言うところのサウナ室。いい肴は、そのサウナをよりおいしく味わうための水風呂や外気浴・内気浴スペース。いい人とは、その施設を経営する人や、そこに集う人たち。
先の居酒屋評論家は、こうも言います。「居酒屋の“居”は居心地の“居”」だと。サウナ・温浴施設もしかり。サウナ室や水風呂、外気浴・内気浴スペースの良しあしはもちろんなのですが、何より居心地のよさが一番大事なんじゃないかと思うわけです。
富山県南砺市岩屋で2023年12月にオープンした「37BASE」も、そうした居心地を追求する人たちが経営・運営し、そこを愛するお客さんが汗を流す、地域密着型の温浴施設。
経営するのは、施設のすぐ隣で1989年の創業から35年間、解体工事・産業廃棄物処理業を営んできた有限会社「昭信機工」です。
今回インタビューに答えてくれたのは、同社取締役開発部長の荒井隆一さん(以下、荒井さん)。「37BASE」が考える居心地のよさ、地元で果たす役割、今後の展望を伺いました。
初代社長から受け継がれた地域貢献への思い
1回目、2回目でも紹介しましたが「昭信機工」は創業時から地元富山県や近隣石川県に根差してきた企業。35年間にわたって、地域発展の要を担っています。
「8年前に創業者である先代が亡くなり、2021年に息子の長谷学が社を受け継ぎました。『地元に感謝しろ』が初代の口癖で、それを聞いて育った現社長が地元に温浴施設を作ることを思い立ったんです」(荒井さん)
創業30周年を迎えるタイミング。「地域貢献のために何かできないか?」と考えてのことでした。
「この辺りは農業振興地域にあたるのですが、弊社の業務の特性上、どうしても煙を排出してしまいます。中には、迷惑施設だと勘違いされる方もいらっしゃいました。そのため初代も『社の炉から出る廃熱をなんとか利用できないか? 地元のみなさまに貢献することで恩返しができないか?』と模索しておりました。そうした中、現社長から出てきた案が温浴施設でした」(荒井さん)。
確かに「37BASE」の周辺は、見渡す限り田園風景が広がるのどかな場所。
「当初は、廃熱を利用して温室で野菜を作ろうか……という案もありましたが、以前から弊社は、建物の解体をしている際に排出された多くの木材を破砕して作ったチップを他の企業へ販売していたことから、これらの資源を地域の活性化のために有効活用することになったんです」(荒井さん)。
チップボイラーや太陽光発電でSDGsを実現
そして「チップを燃料にしたチップボイラーはないのか?」と奔走。農業振興地域であるため、粉砕した木材をボール状に形成したものを燃料としてビニールハウスに温風を送る「木質ペレットボイラー」は普及していましたが、「チップボイラー」はなかなか見つかりませんでした。
「私はもともと市役所で勤務していたものですから、ツテを頼ってようやく見つけたのが、オーストリアFroling社製のチップボイラーでした。屋敷林を剪定した際に出る生木を混ぜたチップでも十分に燃焼することができるボイラーということも魅力的でした」(荒井さん)。
オーストリアをはじめとする欧州は木質バイオマスエネルギーの活用が活発な国が多く、その中でも最大のシェアを占める同メーカーが製造するボイラーなだけに、含水率50%でも燃焼可能とのこと。
「効率的・安定的に湯を温めてくれる上に、冬場はタンクの中で6~7℃に下がる温泉水を、一気に42℃まで上げられるのは寒冷地である欧州製品ならでは。雪深い富山の温浴施設にはピッタリでした」(荒木さん)。
氷点下の日が続くなど、稀にチップボイラーの性能が発揮できない時があることも想定して、2基のガスボイラーで補助。
「仮に壊れたり、メンテナンスの際に休んではお客さまにご迷惑だから……という社長の思いもありました」(荒井さん)。
また太陽光発電パネルを設置することで、施設内の電力も確保。SDGs=持続可能な開発目標の達成に向けた取り組みを行っているほか、災害時・緊急時には、地域住民の避難所にも。
「駐車スペースも十分確保していますし、自前で電力も作れ、倉庫に保管したチップでしばらくの間はお湯も沸せます。使わないに越したことありませんが、何かの時には地元地域のみなさんのお役に立ちたいと考えております」(荒井さん)。
若い社長の感性が生かされた極上の空間
こうして「家族“3”世代が集まって、“7”つの楽しみ方ができる憩いの“BASE(基地)”でありたい」との思いが込められた「37BASE」が完成。7つの楽しみ方とは、大浴場、炭酸泉、サウナ、岩盤浴、レストラン、O2BOX(酸素カプセル)、ラウンジ(休憩所)のこと。
「温泉水は庄川清流温泉を取り寄せ、毎日チップボイラーで沸かしています。木材を燃料としているため、まろやかで肌に優しい湯がお客さまからご好評をいただいております」(荒井さん)。
「サウナ室や水風呂をはじめとするさまざまなご意見も、一つずつ問題を精査しながら改善していきたいです」と、真摯な姿勢で語る荒井さん。
実際、お客さんからの要望で、当初は洗い場に設置していなかったシャンプー、コンディショナー、ボディソープの貸出を開始。浄水器の導入も実現させました。SNSなどの意見には、常に注意しているそうです。
「なにせ、これまでお客さま商売をやったことがなかった弊社です。至らない部分もあるかと思いますが、長い目で見て、かわいがっていただければ幸いです」(荒井さん)。
また、新社長となった長谷学さんは32歳。「恥ずかしがり屋で、こうした取材など表には出てきません」と荒井さんは笑いますが、若手の経営者だけに、冒頭で述べた“居心地”作りにも新しい発想が光ります。
「岩盤浴やO2BOX(酸素カプセル)も取り入れました。レストランは、2年前に閉業した近隣の温浴施設で腕をふるっていたフロントチーフをお招きすることで、味にもこだわっております」(荒井さん)。
ちなみに、レストランのメニューに揃うワインや、ラウンジに置かれている2000冊もの漫画、サウナ室内に流れるJAZZも「すべて社長の趣味です」(荒井さん)。居心地をよくすることで、お子さんからお年寄りまで1日中過ごしてもらえることが、長谷社長の理想なのだとか。
700円という破格の入浴料。近隣の温浴施設の料金を考えたら少し低めですが、これも社長の「銭湯へ行くような感じで気軽にいらっしゃってほしい、リピーターになっていただきたい」との思いから。
日々アップデートし続ける「37BASE」
ほかにも、長谷社長には、雇用を確保するとともに、若い世代を地元に呼び寄せ、町おこしをしたいとの狙いもあるそうです。
「外装やインテリアも黒を基調としたシックな色合いにすることで、地元地域以外の若いお客さまにも訪れていただきたいと考えました。若い方に人気の、井波地域のコーヒーショップhaiz coffe(ヘイズコーヒー)さんとコラボしたコーヒー牛乳もその一環です。若い人たちが増えることで、地元に活気が戻ってくれたらいいなと。『37BASE』が大きくなることで、将来的には地元の雇用にもつながればと考えております」(荒井さん)。
2023年12月のグランドオープンから4カ月。最後に、ゴールデンウイーク、そして夏の観光シーズンを前にした今後の展望をお聞きします。
「まずは、さまざまなご意見をいただいている小さめの水風呂の横に、大きめの木製の水風呂の設置することを急ぎます。その後は貸切のバレルサウナや、広大な駐車スペースを利用したバーベキュー棟を建設することも社長は考えているようです」(荒井さん)。
思い立ったら実行に移すところが「うちの社長のいいところ」と胸を張る荒井さん。そのほかにもテントサウナをやったり、キッチンカーを呼んだり、夏はビアガーデンなどのイベントも計画しているんだとか。
「この記事を読まれている頃には、すでに実現されているものもあるかもしれません。せひ、遊びいらっしゃってください」(荒井さん)。
いいサウナ・温浴施設には、必ず情熱のあるいい経営者、スタッフがいるというのは、取材を通じて一番に思うこと。冒頭の居酒屋と同じで、それが長年、愛される施設へとつながっていくのです。常に地元で暮らす人たちのことを考える、お客さまファーストの「37BASE」も、いずれそんなふうに育っていくだろうなと思いました。
37BASE
■住所:富山県南砺市岩屋16-1
■営業時間:前9:00〜後11:00(最終受付後10:30)※不定休
■利用料金:[平日]大人=700円、小人(3歳〜小学生以下)=400円/[土・日・祝]平日=800円、小人(3歳〜小学生以下)=400円
※※岩盤浴=500円、O2BOX(酸素カプセル)=30分2,000円〜利用可
※詳細は公式HPからご確認ください
撮影/山口京和
取材・文/橋本達典