今年1月の四大陸選手権では銀メダルを獲得し、世界選手権でも6位に。トップフィギュアスケーターとして世界を舞台に活躍する友野一希選手。リンクに登場するや、表現力豊かな演技で観客を引きこみ、ついた異名は“浪速のエンターテイナー”。
そんな友野選手、実は知る人ぞ知る“サウナ好き”でもあります。お話を聞けば聞くほど、そのサウナ愛の深さに、同じサウナ好きとして共感とどこか“リスペクト”すら感じてしまうほど。
サウナで得られる“愉しみ”
――サウナを好きになったきっかけから教えていただいてもいいですか?
「2年ちょっと前くらいだったと思うんですが、いろいろと僕の耳にも『サウナ』っていう言葉が入ってきたんです。いろんな方がサウナについて発信されていたり、ドラマの『サ道』が放送されたり」
――いわゆる「サウナブーム」の少し前くらいですね。
「そうなるんですかね。僕もドラマの『サ道』はすごく好きで……何かこう、自分だけの愉しみを持つ感じというか、人生の中で少しのぜいたくを持っている豊かさみたいなところに惹かれたんだと思います」
――ドラマの世界観というか、メッセージみたいなところを感じた?
「そうですね。主人公も含めて、登場人物がそれぞれ自分だけの豊かな時間を静かに過ごしているじゃないですか。もともと、そういう雰囲気とか考え方が僕も好きなんだと思います。それで、僕自身もそういうサウナというものを体験してみよう、と思ったのがきっかけだったかもしれません」
――それで、サウナ室の扉の前に。
「はい。立っていました。そして、扉を開きました(笑)」
“いいな、これ!”……初めてのととのい
「それで、近所の銭湯やスーパー銭湯に行くようになって、少しずつ『いいなぁ』って思い始めたんですね。決定的だったのが、練習場所の近くにあったスーパー銭湯でした。泉州にある『りんくうの湯』(大阪・泉佐野市)です。スケーターの友人と2人で行ったんですけど、そこで初めてロウリュ(※)と熱波のサービスを受けたんです」
(※ロウリュ=ストーブの上で熱したサウナストーンに水をかけて蒸気を発生させると、その蒸気で体感温度があがり、一気に発汗が促進される)
――いわゆるアウフグース(※)ですね。
(※アウフグース=ロウリュで発生した蒸気を体に向かって仰いでくれるサービス。タオルなどを華麗に操る“アウフギーサー”もいる)
「はい。そこはうちわで仰ぐ、シンプルなスタイルだったんですけど(笑)。もともと、その『りんくうの湯』のサウナ室は温度はそれほど高くはないんですが、湿度がすごく感じられるんですよ」
――そのロウリュとかがあるからかもしれませんね。
「そうかもしれません。湿度がしっかりしていて、それと扉を開け閉めしても室内の熱が逃げにくいんです。人が出入りしても温度があまり変わらない。だから座っていて、ものすごく気持ちのいいアツさなんですよね。そして、水風呂も17~18℃くらいで、サウナ室ですっかり熱くなってから入るのに、すごく気持ちの良い温度なんです」
――いいですね。静かにゆっくり入っていられる温度かもしれません。
「そうなんです。冷たすぎないのにちゃんとクールダウンできる温度で、それがめちゃくちゃ気持ち良くて。そのあとの休憩スペースも広々としていて。何度かそれらを往復しているうちに、まさに倒れるように……ふわぁ~っという感覚になったんですよね」
――それ、ととのっちゃった、ってやつですね。
「はい。しばらくぼ~っとなってしまって。それで、その一緒に行った友人と顔を見合わせて“うん……いいな。これ!”って言い合ったという(笑)。あまみ(※)もめちゃくちゃ出ていました」
(※あまみ=血行がよくなったことで肌に現れる、赤いまだらの模様)
――なんか、名場面ですね。
「ふふふ。そうですね。それまでは1人で行っていたんですが、そのときは2人だったんで、たぶん自分だけのペースではなかったんだと思います。なんか互いの様子を見て、ちょっといつもより長めにサウナ室にいたんじゃないかなって(笑)。そういう“相乗効果”もあったと思います」
サウナには……“頼り過ぎない”!
――気持ち良さに本格的に目覚めて、そこからはもう「トリコになった」感じですか?
「早かったですね、そこからは(笑)。さっきも言ったようにドラマの『サ道』も見ていたんですが、あのドラマっていろいろな素晴らしいサウナをめぐるお話という視点もありますよね。実は僕ら、幸運なことに全国のいろいろなところに行く機会があるので……(笑)」
――はい、はい(笑)。
「実はサウナの良さを知るまでは、地方によっては『試合会場のほかには興味ないかな』って思っていたところもあったんです。正直、必要以上に気分があがるということはなかったんですけど、それが、サウナの良さを知った以降は逆になったんです」
――あ、それこそ“友野さんだけの愉しみ”ですね?
「はい。『ここは水がキレイな土地らしい』とか(笑)。試合のときは競技後の楽しみになったりしますし、試合以外にアイスショーの公演などもあるので。さらに、サウナ後に食べたいご飯とかも調べたりして(笑)。その土地のこと、その土地のものをより知れるようになりました」
――競技のモチベーションにもなるし、より豊かな時間にもなる。
「そうなんです。だから、本当にいろんなサウナ施設にも行けて嬉しいなっていう最高の日々に(笑)。遠征以外に、地元でもさまざまな銭湯や施設に行ったりもしました」
――いいですねぇ。怒涛のサウナめぐり。
「ふふふ。はい、そうなんです」
――その頃とか今って、どのくらいのペースで行かれてるんですか?
「あ、でも、ペースというか頻度はそれほどでもないです。その頃も今も……週に2回~3回くらいです。実は『頼り過ぎないようにしなくちゃ』という思いもあって。サウナに行ったあとってよく眠れたりすると思うんですけど、あれって実は体を疲れさせているからだとも思うんです。ほど良く」
――あ、たしかにそうですね。おなかが空くのも体力を使うからかも。
「はい。見方によっては、体に無理をさせている、という状態なんじゃないかなって。僕は普段から練習でも汗をかいていますし、もちろん体も使っているので、サウナに行き過ぎたり負担をかけ過ぎるのは良くないなと。それに普段あまりにも行っていると、海外に試合に行った時などにサウナに行かれなかったら」
――コンディショニングにも影響しますね。
「そう思うんです。だから、気持ちいいけれど頼り過ぎないように、って(笑)。ほんと僕にとっては、サウナは“体のケア”というよりは“脳のリスケ”というか、“瞑想”というか。自分で自分を見つめ直す時間というか、本当に何も考えずにスッキリする、特別な時間という意味合いが強いかもしれません」
神戸サウナ&スパと最高の思い出
――なるほど。深いなぁ……。そんな友野さんが好きなタイプのサウナ施設って、どういう施設ですか?
「『サウナ室、水風呂、休憩』っていう流れの中でいうと、僕は水風呂に入ったときがすごく好きなんです。なんだろう、うまくは言えないんですが、とにかくあの水に浸かっている時間が好きなんですね(笑)。でも、その瞬間をより心地よく迎えるためにもサウナ室の熱さも大事というか、好きというか。そういう風に考えると……具体的になっちゃいますが『神戸サウナ』(「神戸サウナ&スパ」、兵庫)のようなサウナ施設です」
――「神戸サウナ」! 素晴らしいサウナですが、友野さんの好きなポイントは。
「好きな点をあげていくとキリがないんですが、僕はとくにあのフィンランドサウナが好きなんですね。先ほど“瞑想”って言いましたが、それの助けになるような環境がすごく整っているというか。静かな空間でセルフロウリュしたときの蒸気の音とか、絶妙な調光とか。もちろん熱さや湿度もすごく好きで。以前から大好きだったんですが、この夏にクラウドファンディングもしながらリニューアルをされたんです。僕も少しですが支援させていただいて、それもあって思い入れがさらに深まりました(笑)」
――あのサウナ室では、どんなことを考えたりされるんですか?
「僕の場合は、いろいろ反芻したりはしますね。直近のこと……その日や前の日の練習のこと、シーズンのプログラム全体をイメージしながら翌日以降にどんな練習をしていこうか、とか。そういう、自分との“作戦会議”が多いですね。まぁ、そんなことを考えているうちに、最終的には“無”になります(笑)」
――理想的な過ごし方かもしれませんね。まさに“脳のリスケ”かも。
「いろいろ考えられて、整理もできればスッキリもできるんですが……これまでで一番良かったなって思うのは、めっちゃ頑張ったあとのサウナ室での時間。何かをやり遂げたあとのサウナは最高です。今年だったら、世界選手権を終えたあとの『神戸サウナ』。試合中のいろんなシーン……思い出に浸りながら、これからの可能性なんかにも思いが広がって。いろんな感情や思いをぐるぐるさせながら入ったあの時間は最高でした」
サウナでの意外&素敵な「マイ・ルール」
――そういういい思い出があるサウナ、ほかにもいろいろありそうですね。
「そうですね。ありがたいことに、全国いろいろ訪ねさせてもらっていますから」
――「神戸サウナ&スパ」やお話に出た「りんくうの湯」は、友野さんにとっては地元の関西ですが、全国でいうとどんな施設が印象に残っていますか?
「『スカイスパYOKOHAMA』(神奈川)ですね。サウナの奥深さを感じたというか、あそこも倒れるようにととのいました(笑)」
――奥深さ?
「なんていうのかな……いろんな“好きな要素”が存在しているんです。14階の高さにあるサウナ室には窓があって、そこからの景色もリラックスできますし、サウナ室の木の香りや温度も湿度もとても好き。そこで静かに過ごすこともできるんですが、アウフグースのときはエンタメ感のある熱波サービスも提供してくれる。そうした静かさと楽しさが両立しているのもすごいいいんですよね」
――そうですね。そしてすべてが高クオリティーです。
「浴室全体の景色もすごく美しいし、サウナ室の温度と相性バッチリの冷たい水風呂や休憩スペースも十分にあって。イスが並べられているところに、上から本当に微風なんですが風が吹いてくる場所もあって。いろんなものが本当にバランスよく詰まっていて、隅から隅まで全部楽しめる感じなんですよね」
――じゃあ、東京や横浜での試合のときは。
「行っちゃいますね(笑)。やっぱり関東なんで人は多いんですが、必ずと言っていいほど行ってしまいます。そして行く度に……感動してしまいます」
――ありがとうございます。この連載では、このようにサウナでのエピソードを毎回うかがっていきたいのですが、初回の今回は「サウナでなんとなくやってしまうこと」を一つ教えてください
「なんだろう……素敵だなと思った施設ではタオルを買ってしまう、とかはありますね」
――いいですね。でも、タオルを売っていない施設もありますよね。
「そうなんです。『スカイスパYOKOHAMA』のものも欲しいんですけどね。あっ、そうだ! ロッカーの番号は、自分で選べるところは一年間、同じ番号にしています」
――なるほど。好きな数字とかですか?
「その年の目標の点数にしているんです。ちなみに、去年(2021~22シーズン)は『101』でした。あの……フィギュアスケートってショートプログラムとフリープログラムで構成されているんですけど」
――はい。
「トップ選手の目安としては……ショートでは100点という点数がやっぱり必要なんですよね。僕もその点数を常に越えたいと思って競技をしているんです」
――で、「101」に?
「そう。『100』を越えたい、越えてやるぞ、って。それで去年はずっとそれを目標にしながら、ロッカーは『101』に入れ続けました(笑)。そして……最後、世界選手権で100点越えを果たしたんです(※101.12)。ものすごく嬉しかったし、達成感もありました。ちょっと願掛けみたいですけど(笑)、なにか目標を明確にするためにもって思って、ひそかにロッカー番号に……」
――いいですね。そして……昨季は達成したんですね!
「はい。今年はまた新たな目標をたてているので、その達成を目指して頑張りつつ、サウナにも行きたいと思っています(笑)」
――その数字、シーズンが終わった時にこの連載でぜひ教えてください!
「分かりました! 来月……次回もよろしくお願いします!」
【友野一希(ともの・かずき)】
1998年5月15日生まれ。大阪府出身。
4歳よりスケートを始め、ジュニア時代から表現力の豊かさには高い評価があり、「氷上のエンターテイナー」や「ナニワのエンターテイナー」等とも称される。2021ー22年シーズンには、四大陸選手権で2位、世界選手権で6位。新シーズンもさらなる躍進を目指す。