「窪田正孝 フィンランド サウナ旅」ディレクターが語る舞台裏#1

今年3月にまずNHK BS4Kで。そして4月にはBSプレミアム、8月にはEテレで放送されたスペシャル番組「窪田正孝 フィンランド サウナ旅」。ご覧になった方も多いかもしれませんが……実にたまらないプログラムでした。タイトルにあるように、舞台は厳冬期のフィンランド。俳優の窪田正孝さんがさまざまなサウナを巡り、人々とふれあいながら縦断する模様が綴られた番組です。

言わずと知れた「サウナの母国」=フィンランドでは、サウナは2000年以上の歴史を持つといわれていますが、その存在の大きさ……サウナがまさに人々の暮らしの一部なんだということが映像の端々からあらためて伝わってきます。

サウナ好きな人にとってはもちろんのこと、仮にそうでない人であっても、フィンランドの人々が「サウナという空間」に集っている姿からは、ひとつの理想的な時間の過ごし方が見えてくるような気がするはずです。

同番組が9月19日(火 ※月曜深夜)にNHK-BSプレミアムで再び放送される(午前0:00〜1:29 ※BS4K同時)のを前に、窪田さんとともにフィンランドのサウナを訪ねた番組ディレクターの広瀬将平さんにお話を聞くことができました。そのインタビューを、2回に分けてお届けします。

目次

「サウナの原点」の地で見えたもの、感じたもの

番組では南部に位置する首都ヘルシンキやタンペレといった、いわゆる都市部の公衆サウナから、中部エリアや北極圏=ラップランドといった地方に暮らす人々の個人宅のサウナまで、まさにフィンランド全土の、実にさまざまなサウナを訪ねていきます。

ロケを行ったのは今年(2023年)の1月末から2月の上旬。1年で最も寒い時期の、約10日間ほどの旅だったそう。

――真冬のフィンランドを訪れるという今回の番組を企画したきっかけを教えていただけますか?

「実は、僕自身もサウナが好きなんです。一緒に仕事をしたカメラマンから水風呂を勧められて温冷交代浴に目覚めたというか、『あ、こんなに気持ちいいんだ』と思ったのがきっかけだったんですが。編集作業で集中したあとなども疲れがリセットされたり、視界や頭の中もくっきりするのが心地よくて。

周囲を見てみると、すっかり“自分の世界”に入っているような方もたくさんいる。『これは面白いな』と思うようになって、さらにのめり込んで休みの度にいろいろな施設に出かけるようにもなりました。

それで、ある時ふと『フィンランドのサウナってどうなんだろう』と思ったんですね。『日本ではこうだけど……本場のサウナって、一体どんな感じなんだろう? フィンランドの人たちはどんなふうにサウナと付き合っているんだろう』って」

――窪田さんが旅をしながらサウナを体験するだけでなく、フィンランドの人たちと交わす会話から……その、フィンランドの人にとってのサウナというものがストレートに伝わってきました。

「そこは、本当に窪田さんに感謝しています。今回、窪田さんに出演をお願いしたのは……サウナを心から好きな方というのは大前提としてあった上で、出演作やインタビューなどを拝見する中で、すごくストイックに“入り込む”タイプの俳優さんだなという印象が僕の中にあったんです。

きっと、役作りなども洞察力というか観察眼みたいなものを駆使しながら周囲とコミュニケーションされる方なんじゃないかな、と。そういう方が感じたものを映像にできたらいいな、と思っていて。

事前の打ち合わせの時から、窪田さんから『サウナの原点の地で、いろいろとお話を聞いてみたい』とおっしゃっていただいていたんですが、行ってみたら僕の想像以上に地元の方と触れ合っていただいて」

――その想定外は……うれしいですね。

「はい。身振り手振りを交えながら、すごく笑顔でおしゃべりされているんですよね。カメラが回っていないときも、通訳さんがそばにいなくても身振り手振りを交えて、心でつながっちゃう、みたいな感じで(笑)」

日本と共通点も!? フィンランドで公衆サウナが再注目された理由

まず最初に訪れるのは、ヘルシンキにある「ウーシ・サウナ」というサウナ施設。「ウーシ」とは「新しい」という意味で、サウナに入ったあとに飲食をしながらくつろぐことができるバーやレストランが併設された、近年オープンした施設だそう。

――「ウーシ・サウナ」は、すごくおしゃれな施設だなと思いました。オーナーの方も、現在“ヘルシンキのサウナ界のカリスマ”と呼ばれる方だそうですね。

「今回、1月下旬からの撮影に向けて、11月くらいからリサーチを始めて、取材させてもらう場所や人を現地のコーディネーターと話しながらピックアップしていったんです。そうした中でこの『ウーシ・サウナ』とオーナーさん……ヘリストさんという方なんですが、彼の存在も教えてもらって」

――日本も近年、新しいサウナ施設が次々と出来ていますが、フィンランドでも新たにオープンする施設が多いと聞きます。

「たしかに、状況としては日本と似ているところはあるようです。フィンランドでも市民が集って一緒に入るような“公衆サウナ”が、どんどん減ってきた時期があったそうなんです。家庭用の電気式サウナヒーターが普及したことなどが背景としてあって、ある時までは本当に少なくなり続けていた、と。

でも2010年代くらいから若者たちがサウナを“交流の場”として再注目するようになったそうなんです。窪田さんには、ヘリストさんにも話を聞いてもらっているんですが……彼のように、今の若者にもっとなじみやすいように、バーやコワーキングスペースを作ったりして。実際にバスローブ姿でサウナから出てきて、ワイワイしながらビール飲む、なんていう姿が増え、再び盛り上がってきたそうです。

ちょうど今の日本みたいな状況が、フィンランドではちょっと前にあったという感じなんでしょうね」

――フィンランドではサウナが“交流の場”、“社交の場”なんだというのは、番組を見ていてすごく感じました。

「日本ではコロナ禍などの影響もあリますが、あまり話したりせずに一人でじっくり自分と対話する……みたいなサウナの入り方が多いと思うんですが、フィンランドでは、そこが全然違っているんですよね。サウナ室の中で、全然友達同士じゃない人たちであっても、もう普通に大きな声で話していて、かなりにぎやかなんです。

僕自身、ロケハンを兼ねて窪田さんより少し先にヘルシンキ入りしていたんですが、そのとき一人でサウナへ行ったときにビックリしました。全然言葉は通じないんですが、それを分かっていながら、向こうから話しかけてくるんです。ロウリュのやり方とか、マナーとかもガンガン教えてくれる(笑)」

――そうだったんですね。番組では、窪田さんもそんな空間を実に満喫されていました。

「そうですね。『ああ、すごくいいですね』って、何度かおっしゃっていました。フィンランドのサウナでは、サウナ室に新たに入ってきた人や出ていく人が、中にいる人に『ロウリュしていいか』って聞いたりするんです。『いいよ』『お願いします』って言われたら水をかけるんですが、そうすると、みんなが『kiitos(キートス=ありがとう)』って声をかけてくるんですね。それをきっかけにコミュニケーションが生まれたりしていて、『そういう素敵な文化が、とても気持ちいい』って」

新しい設備や楽しみ方と、昔ながらの施設。両方あるのが素晴らしい

番組では、続いて、その「ウーシ・サウナ」のオーナー、ヘリストさんが「実は若い頃からのお気に入り」というサウナへと窪田さんを案内してくれます。訪れたのは1928年創業という100年近い歴史がある老舗の公衆サウナ「コティハルユ・サウナ」。新しくスタイリッシュな「ウーシ・サウナ」とは正反対ともいえる、建物からもサウナ室からも年季と風情が感じられます。

――「コティハルユ・サウナ」は縦書きに「SAUNA」という文字が並んだネオンサインや、利用客が路上でクールダウンする風景が日本でも有名な施設ですが、今回、その内部の様子をたっぷり見せてもらえたのはすごくうれしかったです。

「古くからの薪ストーブがものすごく巨大で、高さも3メートルくらいあって。その迫力とパワフルさには、まず僕も窪田さんも驚きましたね。形も、もうストーブというよりは焼却炉みたいなんです。まさに焼却炉みたいに開く口があって、そこを開けて、ロウリュの水をすごく長い柄杓で打ち込むように入れるんですよ」

――ここもやはり、お客さん同士で会話を楽しむ場なんですよね。味わいのある、古いチェスのボードが置いてあったりして。

「そうですね。ヘリストさんが窪田さんと交わしていた会話で、番組の中でも紹介しているコメントがあるんですが、それがすごく印象的でした。フィンランドでは、サウナは単に『体をあたためる場所』なだけではなく、『人と人が出会う場所』なんですよね」

――新しくスタイリッシュなサウナを作った人の“一番のお気に入り”が、老舗の「コティハルユ・サウナ」だったというのも、どこかグッときました。古いサウナから新しいサウナへ、形態は変わったとしてもフィンランドの人にとって大切な「人とふれあう場」は受け継がれているかのようで。

「窪田さんもおっしゃっていました。ヘリストさんとサウナ室でずっと会話をされたあとに『新しい楽しみ方ができるサウナも、パブリックな昔ながらのサウナも、どっちもあるのが素晴らしいな』って」

サウナに入れば、心も裸に……誰もが互いに平等で寛容に

別の日には、フィンランド第2の都市であり、「世界のサウナの中心」ともいわれる街タンペレ(※)で、現存する最古の公衆サウナ「ラヤポルッティ・サウナ」を訪ねます。
(※ 古くからの工業都市で、工場労働で疲れた体を癒す公衆サウナが古くからたくさんあり、愛されてきたそうです)

この「ラヤポルッティ・サウナ」は、今から117年前の1906年に開業されましたが、1987年に一度、市によって閉鎖と取り壊されることが決まってしまったそう。ですが、その後、街の人々が「公衆サウナの価値」を訴えたところ、市からあらためて存続が認められ、“復活”したという経緯がある施設です。現在は街の人々がそれぞれ本業のかたわら、力を合わせて運営することで「憩いの場」が維持されています。

――こちらでも、サウナに入られたり、同席している地元の方にお話を聞いたりする窪田さんが、めちゃくちゃ目をキラキラさせていらっしゃいました。

「そうですね。老若男女を問わず本当に多くの人たちがこのサウナにもいらっしゃるんですが……。気付いたら子どもたちと遊んでいたり、おじいさんとお話しされていたり。事前に言ってくださっていた“サウナの原点”みたいなものを楽しんでいただいていたのかもしれません」

――街の人々も、窪田さんだけじゃなくカメラの存在に対しても本当にウェルカムなのがすごく印象的でした。「フィンランドの人って、やさしいなぁ」と。国連の世界幸福度ランキングで6年連続1位……“しあわせの国”と呼ばれるのも、どこか納得というか。

「もちろん、コーディネーターやサウナの従業員の方の助力があってではあるんですが、でも、本当に僕たちのことを寛容に受け入れてくれたのはありがたかったですね。

実は今回、事前のリサーチの段階で、フィンランドのサウナが街の人たちのコミュニケーションの場なんだって知ったときに『実際にどんな話をしているんだろう』というのが気になったんです。それで、スタッフもいない状態でカメラだけ置かせてもらう、というお願いもしたんですが、『全然オッケー』と。それも皆さん、快諾してくださいました」

――その会話は「電気代が高くなってヤバい」とか、仕事のグチみたいなことだったり、かなり生々しくて、興味深く聞かせていただきました。面白かったです。

「サウナって、裸だからなんでしょうか。本当に何もカッコつけてない、リアルな会話をされていましたよね。協力いただけて、本当に良かったなぁって思います」

――リアルといえば……熱いサウナが好きな人たちが、手製のモバイルサウナで「誰が一番、熱さを我慢できるか」みたいなチャレンジを楽しんでる風景なんかも紹介されていて、あのシーンも面白かったです。やっぱり、どこの国にも、そういうサウナの入り方を楽しむ人もいるんだな、って(笑)。

「そうですよね。僕も、あんな人たちがいるのには驚きました(笑)。これまで入ったことのないような……100℃なんてゆうに超えるくらいの温度があるのに、さらにロウリュをジャバジャバかけまくるので、本当にめちゃくちゃ熱いんですよ。もう、背中を真っ直ぐにして座っていられないほどです」

――本場の人たちでも、そんなことをするんだ、っていう。

「本当に異色な存在ではあるようなんですけどね。あれがもう趣味で、もういろんなところにあのモバイルサウナをけん引して行っては、出場メンバーを募ってやっていらっしゃるそうです(笑)。でも、あの方たちを取材出来たのも、“やさしさ”がきっかけというか、受け入れてくれたからでもあるんですよね……」

――どういうことでしょう?

「ヘルシンキにある『ソンパ・サウナ』というサウナをご存知ですか?」

――ボランティアと寄付で成り立っているという、24時間、誰でも無料で利用できる公衆サウナですよね?

「はい。実は当初、そのサウナも取材したいと思っていたんですが、世界中から利用する人や取材希望が殺到していて、今回は取材が難しいという話になってしまいまして。そうしたら、その『ソンパ・サウナ』を普段から利用している人が“せっかく日本から取材に来たのに”と言って、“だったら、俺たちがやってる集まりを取材しないか?”って呼んでくださったんです」

――たしかに、やさしいですね、それは!

「はい。でも、行ってみたら、あの感じで(笑)。温度だけでも140℃くらいと超高温な上に、あの強烈な連続ロウリュ。すごいな、この人たちはって思っていたら、“よかったら、君も入れよ”という空気になってしまって……」

――えっ? では広瀬さんも、あの中に!?

「入りました。もちろん僕は、1分経ったかどうかっていうタイミングで早々に脱落させてもらいましたけど……(苦笑)」

――サムライですね、広瀬さん(笑)。

「体格が僕の2倍くらいある彼らも“がんばったな、日本人”みたいな感じで笑ってくれていましたね。でもまぁ、貴重な経験にはなりましたし(笑)、何より、サウナに来る人、サウナで出会う人には誰でもすぐに心を開いてくれる文化、風土なんだなぁということをこのときもあらためて感じました(笑)」

――いやぁ……。番組を通じて本当にいろいろなサウナや人々の姿を、ありのままにフラットに見ることができて、すごく面白いです。

今回は、都市部の「公衆サウナ」に集まる人たちと窪田さんのふれあいについてを中心に、ロケの際のお話を聞きました。<次回=#2>では、厳冬期の大自然の中での暮らしに密着したサウナ体験……「アヴァント」(凍った川や湖、海に入る)の模様や、北極圏の街で「キング・オブ・サウナ」と呼ばれる、最も原始的で究極のサウナ=「スモークサウナ」と出会った際のエピソードをうかがいます。


「窪田正孝 フィンランド サウナ旅」
9月19日(火)前0:00〜1:29 (※月曜深夜) NHK BSプレミアム(BS4K同時)
NHK公式ホームページはこちら


広瀬将平 
株式会社スローハンド所属のディレクター。これまで短編、長編のドキュメンタリー番組のほか、現在は「神田伯山の これがわが社の黒歴史」(NHK総合)などを担当。なお、好きなサウナ施設をうかがったところ、ご出身の栃木県にある「小山思川温泉」の名を挙げていただきました。

撮影/岡本武志(※広瀬さんプロフィール写真)

シェアお願いいたします
  • URLをコピーしました!
目次