京都銭湯特集/山城温泉②実家の銭湯ではなくココを継いだワケ

SAUNA BROS.vol.7の「京都銭湯サウナ特集」から今回も「山城温泉」をクローズアップ。本誌では紹介しきれなかった、店主・林大輔さんのお話、そして林さんの作り出す施設の魅力をご紹介していきます。

1949年(昭和24年)頃に創業した「山城温泉」さん。“頃”と表記したのは、店主の林大輔さんにも、詳しい時期がハッキリと判らないからなんです。というのも、京都市に提出している書類上では、1949年(74周年)になっているのですが、どうもそれ以前に存在していたようなんですよね。

「毎日、来てくれる92歳のおじいちゃんがいるんですけど、『俺の小さい頃にはもうあったで』て言ってまして。おじいちゃんの勘違いでなければ、85年ぐらい前からあるみたいです(笑)」

目次

「山城温泉」を継ぐまでに

前回、ご紹介したように、後継者不在で閉業寸前に陥っていた「山城温泉」のことを、林さんのお父様が耳にして、息子にすすめたことがきっかけで、林さんが「山城温泉」を継ぐことになりました。(前回の記事はコチラ)先代も亡くなり確認もとれず、時期的にもちょうど前後に戦争があったことで、写真などでの確認も難しいのですが、何か「山城温泉」さんの前身のものがあったのかもしれませんね。

22歳から「山城温泉」の暖簾を守っている林大輔さん

しかし、血縁関係のない中、銭湯を継ぐなんてどういった経緯だったのでしょう。林さんにお話をうかがってみました。

ーーお父様から「山城温泉」を紹介されて、すぐ継ぐ気になったのでしょうか?

「全然やる気はなかったです(笑)。というのもウチ実家が東山の方で銭湯やっていまして。当時も営業していました」

ーーそれは、ご実家を継ぐ気だったということでしょうか?

「いや、それもなくて(苦笑)、小さな頃から毎日実家の銭湯を見て育って『継いだら将来ないでしょ』と密かに思っていました。実家の銭湯はすごく小さかったんですよ。それに今みたいにインターネットもなかったですから。お客さんも近所の人だけ。そんな状態の銭湯を継いでも将来が見えへんかったです」

ーー「山城温泉」は将来性を感じ、すぐ継ぐ気になったのでしょうか?

「やらんかって言われた時、僕は『山城温泉』を見たことなかったんで、即答で『やらない』って言ったんですよ。実家の銭湯みたいなんやろって思っていましたし」

ーーよくそこから継ぐまでに至りましたね!

「半年間ぐらいずっと親父に『どうや?』って言われ続けました(笑)。それで『1回見に行ってみるわー』って、見学しに行ったんですよ。それで『あ、実家の銭湯とは全然違うわ』って思いました」

ーーご実家の銭湯とは何がそんなに違ったのでしょうか?

「まったく違いましたね。施設の大きさだったり設備の充実さだったり。規模が全然違った。実家の銭湯は本当にちっさいんですよ。山城温泉なら商売になる、この銭湯は残したいと思いました」

その後、22歳の時に脱サラし「山城温泉」さんを引き継ぎ、24年の月日が流れました。遠方からも人の訪れる人気施設となり、林さんは「山城温泉」を京都を代表する銭湯のひとつへと成長させました。それにしても、実家の銭湯を継がないと言っている息子に、よその銭湯を紹介するとは、お父様の恐るべき慧眼……。聞けば、先代の「山城温泉」主人とお父様は、知り合いですらなかったとのこと。自身が銭湯を経営している身として、「山城温泉」がこのまま潰れてしまうのはもったいないと思ったのでしょう。そして半年間、息子に勧め続けた、その熱心な勧誘がなければ、今の「山城温泉」さんは無いかもしれないということを想うと、お父様の勧誘の日々に感謝!

「山城温泉」外観
男性浴場前室。京都では前室があるのが一般的
浴場に向けて徐々に高くなるのも京都では一般的

林さんが経営を引き継いで以来、外観や内装で大きく変わったところはありません。24年前、林さんが見学で訪れた時の雰囲気がそのまま残っています。

シングル水風呂の意外なワケ

さて、前回もご紹介した「山城温泉」さんのシングル水風呂。前回は触れられませんでしたが、筆者が気になったのは「チラー機」という言葉です。今回の京都取材過去の京都銭湯記事はコチラ)ではついぞ一度も登場しなかったワードです。(京都の銭湯では地下水かけ流しが一般的なため)

「山城温泉」さんはシングルの水風呂を作るため、チラー機を入れています。林さんに伺うと数年前に水冷式から空冷式(文字通り空気を使って冷やすタイプ)の大きなチラー機に切り替えたとのこと。水冷式・空冷式どちらもメリットデメリットがありますが、空冷式の方がコンパクトに設置でき、メンテナンスも簡単なのだそうです。

シングルを生む大きな空冷式チラー機

京都は地下水の掛け流しが一般的なので、その点を伺うと、理由は予想外のものでした……。

「うちはねぇ、水が水道水なんですよ」

ーーえ、そうなんですか!? なんで地下水を使わないんですか?

「このあたりはまったく水が出ないんです。僕が聞いたんでは、先代たちが3回掘ったらしいんですけどね、全く出ぇへんかったみたいで。隣のお寺さんも前に掘らはったことあるんですけど、ほんまチョロチョロだけでした(笑)」

ーー意外です。京都は掘ればどこでも地下水が出るものだと思っていました……。

「僕も1回掘ろうと思って掘削業者に連絡したんですよ。ほんで『場所どこですか〜』っていわれて。んで、住所言うじゃないですか。そしたら『やめといた方がいいよ』って(苦笑)。やっぱり専門業者にはデータがあるみたいでね『そこの地域は出ないから、やめといた方がいいよ』って言われましたわ」

ーーということは、ここらの銭湯はみんな水道水なのでしょうか?

「いやそんなことなことないです! せま〜いここ一角だけが出ない。ほんまなんでここに銭湯作ったんやろ(笑)。でも元から水が出ないんで、地下水掛け流しって選択肢はないですから。チラーで水冷やすんも自然な流れだったと思います」

キンキンに冷やされた9℃の水風呂

「京都の豊富な地下水」というイメージが作られていましたが、全く出ない場所もある。立地が大きく影響するんですね。でもそのお陰(?)で「山城温泉」さんのシングル水風呂ができた。置かれた環境を活かして生まれた産物だったということですね!

「日本一キレイな銭湯」を目指して

「山城温泉」さんは「日本一キレイな銭湯」を目指しており、清掃には特に力を入れています。本誌でも少し触れましたが、清掃を手伝うことを条件に、学生が無料で住み込んでいるんです。家賃・光熱費・水道代とすべてがタダ! その代わりに深夜1〜3時、週に2度ほど清掃を行うわけです。現在は4名の学生が住み込んでいるとのこと。

店舗裏にたたずむ山城温泉学生寮 多くの学生が山城温泉の清掃を担ってきた

林さんに「山城温泉」のこだわりや好きなところを伺うと、悩んだ末、2つのポイントを上げて下さったのですが、そのどちらもが清掃に関わる所でした。

ひとつが「サウナ室にすのこを敷いていないところ」。前回ご紹介したように、サウナ室をキレイな状態に保つためです。

足元にはすのこでなく丸太が置かれている

そしてもうひとつが「浴槽の形が直線的で清掃しやすいところ」でした。

「僕が設計したわけじゃないですけど、デザインとか優先してないんで、丸とか波とかの形がなくて、湯船の形がほぼ直線なんですよ。掃除がしやすい、そういうところ好きっすね(笑)」

実際浴室で確認すると、すべて直線をつなぐ形で作られています。好きなポイントで、まさか「清掃のしやすさ」という実務的な所が出てくるとは意外に思いましたが、「日本一キレイな銭湯」を目指して、日々清掃している林さんならではの視点といえます。

サウナのある「銭湯」をやっていきたい

「山城温泉さんのグッズなどあるのですか?」と伺うと、何も作っておらず、今後も作るつもりはないと言います。SNSなどもやっておらず、何の情報も発信していないのだという。

「皆さんによう言われるんですよ。『SNSやった方がいいよ〜』とか。でもまったくやってないんです(笑)。なんでや思います?」

ーーうーん、分かりません。なぜでしょうか?

「ひとことで面倒くさい(笑)。いやまぁ半分冗談ですけど、実際必要ないんすよ。僕が発信しなくても、良いと思ってもらえるものは、誰かが発信して、それを見てお客さんが来てくれる。まぁ昔で言う口コミですわ。良いものはいいんで伝わっていくんです」

ーーやっぱり時代は変わっても口コミが1番なんですね。

「まぁよくないことも多々書かれてますけどね(笑)。それでも興味もってくれたお客さんは来ますし、来てみて良いと思ってくれた人は、また来てくれます。僕はそういう普通の銭湯をやっていきたいんです」

終始、冗談を織り交ぜながら話す林さんへのインタビューは、予想を超えかなりの長尺になったのですが、インタビューを通して強く感じたことは、林さんが、銭湯の経営に対して真摯に向き合っていることでした。「清潔なサウナ室」や「シングルの水風呂」など、自分の中にある「理想の銭湯道」を実践しています。おそらくそれは、林さん自身が、幼少時からお父様が銭湯経営を見て育った、という背景が大きいのかもしれません。

ボイラー室にて。経験を積まないと難しい手動操作で行う

取材の最後に、林さんに「今、林さんの理想の銭湯は出来ていますか?」と問うと、

「できていますね!」と笑顔で返してくださいました。何故かめちゃめちゃ、こちらもうれしくなりました。林さんが自信を持って経営されているから、口コミで良さが広がり、遠方からもお客さんが訪れ、メディアにも紹介される。今後も経営していく中で、変わっていく所もあることと思いますが、きっとその変化も林さんの「理想の銭湯道」ゆえのこと。そういった変化もお客さんの心を掴み、これからも多くのお客さんが訪れていくことでしょう!

京都の銭湯を盛り上げたい

490円でサウナも入れる京都銭湯

「山城温泉」さんは、京都の他の銭湯と同様にわずか490円で入ることができます。林さんとの話の中で、実際490円では日々の暮らしは出来ても、いざ機械などが壊れた時の修繕費は積み立てていけない、というお話がありました。上がり続ける燃料代の高騰もあり、現実的にワンコイン以下でサウナに入れる最後の時代になってきているのかもしれません。現実問題として、京都の銭湯は、燃料代の高騰・後継者不足などで閉業が相次ぎ、銭湯の数が年々減り続けています。

旅行で京都に訪れた際は銭湯サウナを訪れてみるのはどうでしょうか? 地元の方に混ざりながら過ごすサウナの時間は、とても良い旅の思い出にもなります。自分だけの「お気に入り京都銭湯サウナ」を見つけてみるのもいいかもしれません。

そうして多くの方が京都の銭湯に訪れることで、10年後、20年後に営業している銭湯の数が変わることもあるかもしれません。

山城温泉
■住所:京都府京都市上京区仁和寺街道御前西入下横町218
■営業:平日=後3:00〜前1:00(日曜=前8:00〜前1:00)
■定休:木曜
■料金:490円(サウナ込み)

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