サウナの魅力に魅せられて……「熱波師体験記」その①

サウナ室に蒸気を満たし、汗だくになってタオルをあおぐ。熱波師と呼ばれる彼らは、一体なぜ、風を起こすのか。その真実に迫るためには、自ら熱波師として同じステージに立つ以外に方法はない、そう判断した私は、思い切って熱波師体験会の扉を叩きました。ただの「いちサウナ好き」の私が、初体験した「熱波師」としてのわずか数分間に、その答えは凝縮されていました。普通のタオルすら一度も振ったことのない私の熱波師体験記、前後編2回にわたってお届けします。

目次

サウナの特等席とは?

「熱波師こそが、実はサウナの特等席なんです」
そう話すのは、神奈川県秦野市にあるスーパー銭湯「湯花楽 秦野店」の弥勒院(みろくいん)店長。サウナ好きの方なら誰しも、よく行くサウナ室にお気に入りの特等席があるはず。室内の温度、対流の具合、またはテレビを見やすい位置など、その席を好む理由は人それぞれ。

熱波師の方々は、ただでさえ熱いサウナ室の中、汗だくになりながら一生懸命タオルをあおいでくれます。その舞台は、私とは無縁の、ホスピタリティーの塊のような人々にのみに立つことが許された、特別なものだと思っていました。

まだ「熱波」や「ロウリュ」という言葉が、世間に浸透していなかった10年以上前からタオルを振り続けている弥勒院店長が、特等席と形容するその場所を味わってみたい。そう思った私は勒院店長に思い切ってそのことを伝えました。思いつきでできるわけないと、なかば諦めながらも聞いてみたのです。すると、返ってきたのは意外な返答でした。

店長「できますよー」

──えっ、ホントですか?

店長「当店では毎月第2第4月曜日の夜10時から、熱波師の体験会を定期的に開催しています」

──本当に、全くのど素人なんですが大丈夫でしょうか? タオルの振り方も分かりませんが。

店長「開始の1時間前に集合していただいて、基本的なことは指導させて頂きますので、ご安心ください。1度もタオルを振ったことがない人が楽しめるよう、企画したのがこの熱波師体験会なんです」

──当日に必要な持ち物などはありますか?

店長「手ぶらで大丈夫です。あくなきサウナ愛のみを、ご持参ください」

私は目を輝かせながら、その場で熱波師体験会を予約しました。

デビュー前の手ほどき

当日は午後9時に、湯花楽 秦野店に入りました。熱波師体験会まで1時間あります。まずは、入り口でその日の衣装とタオルを受け取ります。意外に感じたのは、軍手。ロウリュの蒸気をダイレクトに浴びてやけどしないように、とのこと。さらに長袖長ズボンが用意されていたのも同様の理由から。

「半袖半ズボンで熱波をされる方もいますが、私の経験上、とても熱いと思います。特に足はタオルをあおいだ風が当たり、軽いやけど状態になってしまいます。そのため安全上、体験会では長袖長ズボンの着用を推奨しています」と弥勒院店長。

確かに、ずっと座っているのと違い、サウナ室内を動き回る熱波師は皮膚の周りの温度が常に熱い状態を維持します。水風呂でずっと動き回っていれば、いつまでも天使の羽衣をまとうことができずに冷たいままの逆、と考えれば分かりやすいでしょうか。アドバイスに従い、長袖長ズボンに着替え、2階の広場へ向かいました。

そこでは、弥勒院店長のほかに、2人の熱波師さんがタオルを振る練習をしていました。片手で鮮やかにクルクルとタオルを回転させ、タオルが一瞬その手を離れても再び華麗にキャッチし、決して床に落とすことはありません。大道芸を見ているような気分になります。お2人とも熱波師体験会の出身者で、今ではここ湯花楽で、レギュラー熱波師として活躍されているそうです。

「熱波師として出演する日はここへ来て、出番まではずっと仲間と練習会をしています」そう話すのは熱波師歴3年のせいさん。こういった地道な練習の積み重ねが、華麗なタオル捌きを可能にするのですね。

さっそく、基本のレッスンに入ります。が、その前に、

──今回私に貸し出されたタオルは、先輩方のそれに比べて一回り小さいように見えますが?

せいさん「私たちが使うのはアウフグースの世界基準のサイズのものです。150cm×100cmあります。これだと、初めての方にはあまりにも大きすぎますので、体験会では大体その半分のものをご用意しています」

──私がお借りしたタオルも分厚くて重く感じましたが、サイズも重さもその倍のものをあれだけ自在に振り回していたとは、正直驚きです。タオルというより、もはや毛布に近い印象ですね。いやらしい話、世界基準のタオルのお値段は、おいくら程なのでしょう?

せいさん「ピンキリですが、1万円を超えるものも珍しくありません」

──い、1万円超え! さすがは世界基準!

授けられし技

さて、今回教えていただいたタオルの振り方は2種類。「ヘリコプター」と「ランバージャック」です。

ヘリコプターはその名の通り、頭上でタオルを回す「だけ」の技です。日本のレゲエフェスでよく見るアレですね。でも、この「だけ」が意外と難しいのです。ヘリコプターの羽根に見立てたタオルを回して、室内の蒸気をまんべんなく、隅々まで行き渡らせることが目的です。そのため、タオルをただ回しているように見えて、ここにも多くのコツがありました。

貸し出されたタオルを、半分に折って回します。この時、大切なのは、闇雲に回すのではなく、タオルの面を意識すること。折り畳んだタオルは、ちょうど長方形になります。この長方形の面をタオルの進行方向に保ち、回していきます。こうすることで、面が風を起こし、効率的に蒸気を対流させることができるのです。「(面が)風を捕まえやすくするため、大きくゆっくりと回すこと」そう教わりました。やってみるとわかるのですが、数回まわしただけで、肩が悲鳴を上げます。普段全く使わない筋肉が、肩甲骨あたりで錆びついた音をきしませます。目線より高くにあるボールをタオルで打つように、そうアドバイスされると、とてもイメージしやすく、少しだけコツを掴んだ気がしました。

次に教えていただいたランバージャックは、直訳すれば「木こり」を意味します。タオルを片口に担ぎ、そこから振り下ろす形が、斧を扱う姿に似ていることから名付けられたのでしょう。このあおぎ方は、真っ直ぐに熱波を送る際にも、上方の熱を下に下すためにも効果的な基本となるあおぎ方だそうです。今回は、目の前のお客様に熱波を届けることを想定したランバージャックを教わりました。

見よう見まねでやってみます。

タオルをかついで……
振る! あれ? なにか物足りない……

私の力ないランバージャックを見た弥勒院店長が、すぐに指摘してくれました。

店長「ランバージャックのポイントは、担いだときは両手を閉じてタオルも閉じ、前に振る時にタオルをいっぱいに広げることです。広げた瞬間にタオルに“面”が出来ます。そこに風が生まれます。タオルを力ごなしに振るのではなく、広げることに意識を集中してみてください」

振るより、広げる? やってみます!

しっかり広げる! バン!

明らかに先ほどとは違います。タオルを振るときに音が出るようになりました。ここで、弥勒院店長に向かって、実際に風を送ってみる練習をしました。

いきますよ。おりゃ!

教わったコツを頭の中で反すうしながら、私は力いっぱいタオルを振りました。バンッと風を切る良い音も出ています。

──ど、どうですかね?

店長「タオルを広げて風を起こすことはできています。でも、風の方向が、縦も横もズレています」

──えっ? 風の方向? 一応、店長めがけてあおいでいますが?

店長「タオルを広げるのが早すぎると相手の上方に風が流れ、右肩から担いであおぐと熱波師の左側に風が外れてしまいます。そのことを意識して振ってみてください」

──なるほど。やってみます。どりゃ! (相手の頭の辺りでタオルを広げ、タオルをより垂直に下ろすことを心がけて振ってみる)どうですかね?

店長「いいですね。今のはしっかりと風が当たっています。その感覚を忘れないでください。」

ほんの少し褒められた私は有頂天となり、その後、熱波の時間ギリギリまでタオルを回し続け、片口からバンッ! を繰り返し練習しました。気分はもはや「木こり」の王様です。

店長「私はほかの仕事があり、現場に同行できませんが、ここにいる先輩熱波師さんがすべて段取りをしてくれますので、安心して楽しんできて下さい」

弥勒院店長はそう言って、私を送り出してくれました。

──ありがとうございます! 無事初体験を済ませて、男になってきます!

「熱波師体験記」後編へ続く!

湯花楽 秦野店
■住所:神奈川県秦野市平沢295-2
■営業時間:[平日]前9:00~深0:00/[土日祝]前7:00~深0:00(最終入館は後11:30) ※サウナは全日前9:00~後11:00 ※年に数回のメンテナンス店休日あり
■料金:[平日]一般=900円、会員=800円、子ども=400円/[土日祝]一般=1,000円、会員=900円、子ども=300円 ※3歳児まで無料 ※すべて税込
※詳細は公式HP(https://www.yukaraku.com/hadano/)をご確認ください

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