熱波師は究極のサービス業! 「熱波師体験記」その②

サウナ室に蒸気を満たし、汗だくになってタオルを振る。熱波師と呼ばれる彼らは、一体なぜ、風を起こすのか。その真実に迫るためには、自ら熱波師として同じステージに立つ以外に方法はない。そう判断した私は、思い切って熱波師体験会の扉を叩きました。

ただの「いちサウナ好き」の私が、初体験した「熱波師」としてのわずか数分間に、その答えは凝縮されていました。普通のタオルすら1度も振ったことのがない私の熱波師体験記。後編はいよいよサウナ室へ向かいます。

目次

不安と緊張のデビュー前

タオルと軍手、保温機能付きのポーチには音楽を流すスマホとスピーカーを準備

初舞台を控えた舞台袖の漫才師の心境、または若手プロレスラーのデビュー戦の心持ちか。普段、緊張を全くしない私ですが、さすがにこのときだけは、少しだけうわずった心境でした。初体験は、いつだってドキドキするものです。

熱波開始3分前、サウナ室をのぞくと……わっ、平日月曜の遅い時間なのに結構混雑しています。人の多さに不安になって先輩熱波師のせいさんに話しかけてみました。

──け、結構混んでいますね?

せいさん「あおぎ甲斐があって良かったじゃないですか。まずロウリュして、ヘリコプターで蒸気を回します。それを2度繰り返してください。その後、お客様ひとりひとりに熱波を送ります。どうします? 1人2回ずつにしますか? それとも3回ずつにしますか?」

──せっかくの体験ですので、3回でお願いします!

せいさん「わかりました。とにかく、無理だけはしないように。何かあったら私の方でフォローしますので安心してください」

──頼もしい! カッコいいです、先輩!

先輩熱波師の言葉で、不安は一気に吹き飛びました。

いざ、デビュー戦!

午後10時。まずはせいさんが先にサウナ室に入り、今夜、初めてタオルを振る私のことをお客様に説明してくれました。

せいさん「それでは、お願いします」

その掛け声を合図に、私は勢いよくサウナ室の最前列まで行き、室内を見渡しました。1列に7人程度座れる長さの雛壇が、4段。全部で15人程度のお客様がこちらを見つめて座っています。何度も入ったことがあるサウナ室なのに、今夜は全く違う部屋に見えます。そういえば、この位置からサウナ室を見渡すのは初めてかもしれません。

──今夜、初めて熱波師体験をさせていただきます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。

たどたどしい自己紹介にも関わらず、サウナ室に拍手が響きます。タオルを振る練習をしているときに聞いた、弥勒院店長の言葉を思い出しました。

店長「当店は、お客様と熱波師との距離がとても近いと思います。皆さん、もともと同じお客様だったこともわかっているので、見守るように応援してくれますよ」

こんなに大勢の人から拍手を受けるのなんて、何年振りでしょうか。

用意してきた音楽を、iPhoneで流します。夜10時という遅めの時間を考慮して、Blue Noteシンガー、プリシラ・アーンが歌う「デイドリームビリーバー」を選曲しました。静まり返ったサウナ室に響く、しっとりと美しい声。

ひしゃく1杯のロウリュ。選んだ香りは、深まる夜を意識してラベンダーをチョイスしました。私自身の緊張も一気に解けるような、リラックスするのに最適な香りです。まずは段取りした通りにヘリコプター。教えてもらった基本を、心の中で唱えながら、タオルで面を作って、上方の蒸気をゆっくりかき混ぜます。

うれしいことに、このときにも、せいさんが逐一合いの手を入れてくれます。「まずは1杯のロウリュをお願いします」や、「次に、上がった蒸気を部屋全体に拡げていきましょう」などといった具合です。

この合いの手が、初体験の私にとってどれほど大きな助けになったことか。手厚いフォローに感謝です。

サウナ室を歩きながらタオルを回していると、すぐに全身から汗が吹き出してきます。発汗の良さには定評のある(誰からだよ)私ですが、汗よ目に入らないでと願うばかり。このとき、着ている服が長袖で良かった、そう実感することがありました。タオルを回す反対の腕の袖が、汗を拭いやすいのです。半袖だったら汗を拭くために1度手を止めて、タオルで拭くことになっていたと思います。体験してみなければわからなかった長袖効果です。

もう1度ロウリュからヘリコプター。腕はすでに限界に近づいていましたが、初体験の異様な心境と相まってアドレナリンが放出されていたのでしょう、不思議と回し続けることができました。

せいさん「それでは、ここからおひとりさま3回ずつ、強い熱波をお届けしてください」

お待ちかね、ランバージャック、練習の成果を発揮するときが来ました!

(なぜお待ちかねなのかは「前編」をご覧ください)

先輩のアナウンスに従って、下の段からランバージャックを始めます。このとき感じたのが、足場の狭さと、お客様との距離の近さです。広々とした館内2階のフロアで練習したときとは勝手が違います。1番下の段にはスペースがあったのですが、上段に行くほど足場が狭くなります。お客様同士のわずかな隙間に立って、タオルを目の前の相手に当てないように振るには、経験が必要だと思いました。距離が掴めず、思い切りタオルを振ることをちゅうちょしてしまいます。お客様が気を使ってくれて、ほんの少しだけ体を傾け、その間を通りやすく道を作ってくれるのが、どれほどありがたいかも知ることができました。

慣れた熱波師の方々は、自らのホームサウナだけでなく、勝手異なるアウェーサウナにもしばしば遠征してあおぐのが常。距離感やベンチの高さの違いによるハンデを感じさせないだけでも、それだけで高いテクニックを有していることに、熱波師を体験を通して初めて気づきました。

もうひとつ、この日初めて体験したことがあります。熱さで消耗し始めた私は、「あー、店長が言っていた、熱波師が実は最も気持ちのいいポジションだというのは、こういうことなのか」とわかり始めたのです。

自分の好きな音楽を流し、自分の好きな香りのアロマ水を自分の好きな量だけかけられる、普段なら1カ所に座り続けているところを、本来であればご法度行為である“フラフラと好きなように移動”することもできます。自在な環境でお客様に熱波を送りながら、熱波の流れ弾を体中に浴び続けることができるのです。気持ち良くないわけがありません!

しかしそのことは、店長の言葉の真意を理解する、ほんのきっかけに過ぎませんでした。この後、私は思い描いていなかった特別な体験をすることになるのです。

お客様が返してくださる笑顔のチカラ

私の熱波を浴びたお客様の中には、うつろな目で笑みを浮かべる人、両手を上げ全身で熱波を浴びる人、目を閉じてまるで深い瞑想の中で風を受ける人などがいて、熱波を受ける姿勢は皆さまざまです。でも、気持ち良さそうなことは伝わってきます。そんなお客様の顔を見ながらタオルをあおいでいるうちに、自分が熱波を受けている記憶とシンクロし、あの最高の瞬間がよみがえってきたのです。

さらに、愚直にランバージャックを繰り返す私に対して、お客様が笑顔で応えてくれるときもあります。極めつけは、熱波を浴びたお客様から「ありがとうございます」のお言葉をいただいたことです!

ああ、生きていて、向かい合って目と目を合わせて、「ありがとう」と言われることがいったい何度あることでしょう! たぶん、今現在最も下手くそ熱波師 in ジャパンの私に対して、感謝の念を表現してくださるのです。急に込み上げてくる熱い涙を汗で洗い流し、私は心の中で「こちらこそ、ありがとうございます」と何度も復唱しました。

──それではこれにて、熱波体験会を終了いたします。

最後に、頭を下げた私に対して、再度拍手をいただきました。ここで初めてわかったのです。店長が言っていた意味が。「サウナの特等席は熱波師である」の本当の意味をようやく理解することができたのです。

ありがとうございました! 頭を下げると滝のように汗が流れ落ちました!

熱波師がサウナの中で最も気持ちよくなれるのは、音楽や香りを自分好みに演出できる、そういった物理的な話ではなかったのです。熱波を受けたお客様が、代わりに贈り返してくれる「笑顔」こそが、その答えだったのです。それを受けた私の自己肯定感は、かつてないレベルに爆上がりしました。サウナ室を後にする際、私は本当に唇を噛み締め、涙を堪えるのに必死でした。胸がいっぱいになり、今夜のこの特別な体験を、一緒に共有できたサウナ室のお客様にもう一度、ありがとうございました、と心の中でつぶやきました。

汗だくの服が体に張り付いていましたが、不快どころか、それがとても清々しく感じられたのも、きっと私の心が晴れやかだったからに違いありません。

──熱波師体験、とても特別で楽しいものでした。

店長「楽しいと思っていただけて、とてもうれしいです。私はずっとサービス業に従事してきましたが、中でも熱波師は究極のサービス業だと感じています。ご来店いただくお客様に気持ち良くなってもらい、満足してもらうことがサービス業の主たる仕事と自負しています。熱波の良いところは、自分があおいだ風によって気持ち良くなっているお客様の笑顔を見られること。また、ありがたいことに、心からありがとう、気持ち良かったよとおっしゃっていただけること、これこそサービス業として至上の喜びと感じます。その笑顔と声をリアルタイムでいただける熱波師業が、私の天職だと思っています」

──また、熱波師をやってみたいと思います!

店長「熱波師体験会の次は、アマチュア熱波祭に出てみませんか。こちらも毎月開催しております。当店ではそうやってレギュラー熱波師になられた方も多くいて、毎日の熱波開催を支えてくれています。ひとりでも多くのサウナーの方に、熱波師の良さを体感していただきたいです」

サウナ以上にハマってしまいそうなものを見つけてしまいました。サウナは、ただ入るだけではもったいない!?

弥勒院店長(前列右側)と湯花楽秦野店の先輩熱波師の皆さん

湯花楽 秦野店
■住所:神奈川県秦野市平沢295-2
■営業時間:[平日]前9:00~深0:00/[土日祝]前7:00~深0:00(最終入館は後11:30) ※サウナは全日前9:00~後11:00 ※年に数回のメンテナンス店休日あり
■料金:[平日]一般=900円、会員=800円、子ども=400円/[土日祝]一般=1,000円、会員=900円、子ども=300円 ※3歳児まで無料 ※すべて税込
※詳細は公式HP(https://www.yukaraku.com/hadano/)をご確認ください

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