
岐阜県山県市の雄大な自然の中に、2025年7月に誕生した「Kanzaki Sanga Sauna(カンザキ サンガ サウナ)」。その設計・運営を手がけるのは、サウナ業界では伝説的存在とも言える通称「トオルちゃん」こと、林亨さん。かつて「大垣サウナ」の名支配人として多くのサウナ好きに愛された彼は、46年という、長いサウナ人生の中で培った知識と経験を余すところなく注ぎ込み、この施設を作り上げました。その思いを、SAUNA BROS.vol.10とSAUNA BROS.WEBで余すことなく、ご紹介してきました(未読の方はぜひ→①、②、③)。今回は、大きな窓から神崎川を望む休憩スペースでトオルちゃんにインタビュー。これまでのサウナへの向き合い方やこの施設に込められたトオルちゃんの思いを語ってもらいました。
昭和ビジネスマンが発見した“ととのい”から始まった
――実に46年! というトオルちゃんのサウナ歴を教えてください。
当然ですけど、サウナデビューから最近までは完全にストロング派でした。僕がサウナに入り始めた当初は、いわゆる日本の高度成長期で、日本のビジネスマンが非常に忙しかった時代でした。そこで、サウナにリセット効果を求めたんですね。当時のサウナの入り方のスタンダードは、10分ほどサウナに入ってから3分ほど水風呂に入る。昔は水道代節約のために井戸から水を引いた水風呂が多く、だいたい15℃ぐらいでした。循環をさせていないから羽衣ができやすく、3分くらい入れちゃうんですよね。そして、2分くらい休憩する。ワンセット15分と、かなりクイックです。
この計算だと、1時間で4セット入れちゃうんですよ。それが、忙しい日本のビジネスマンと相性がよかったんでしょうね。サウナ後はリクライニングシートで、心地よく、ウトウトする。それで「あしたも頑張りましょう」と、働けたわけです。
――いわゆる“昭和ストロングサウナ”には、最近は入らないですか?
そうですね、ここに作ってからはね(笑)。ストロングスタイルのサウナ室は、どうしても息苦しく感じちゃうんです。もちろん行くこともあるんですけどね。「ただ熱ければいい」という発想ではなくなりました。やっぱり“エアー”がまわっていないと、ダメなんです。

――サウナ歴のなかで、サウナのあり方が変化していったんですね。
特にここを作って入るようになってからは、苦しい思いをしたくなくなりました。サウナって汗をかくところであって、苦しくなるところじゃない。「気持ちよく汗をかきたい」という感覚です。ストロング系のサウナ室しか知らなければ、それはそれでよかったのですが。小屋サウナがだんだん自分の中に馴染んできたら、「苦しい思いをしてまで、汗かく必要があるのか」と思うようになって。
フィンランドサウナとの出会いで変わったサウナ観
――「Kanzaki Sanga Sauna」は、自然もサウナスタイルも、まるでフィンランドのようですよね。
最終的にはフィンランドの歴史のあるものが日本に定着しつつあるんですよね。サウナにとって、空気や水がいかに大切かをフィンランドで学びました。
――フィンランドサウナとの出会いはどんなものだったのでしょう。
大垣サウナ時代に、こばやしあやなさんに出会いました。彼女は、現在フィンランドのタンペレに在住していて。フィンランドでコーディネーターをしたり……まぁいろいろとやられています。彼女の話をいろいろ聞いているうちに、頭の中が“フィンランド化”しましてね(笑)。その時点で、すでに頭でっかちになっていて、自分のなかでの“フィンランドサウナ論”みたいなのができあがっていました。
大垣サウナを退職して時間ができたので、すぐフィンランドに“答え合わせ”しに行ったんです。現地では、22カ所のサウナを巡りました。フィンランド最古の公衆サウナ「ラヤポルティ」では火入れする前から見せていただき、サウナ番長からサウナ論をたっぷり教えていただきました。ラヤポルティの模型を見ながら、ロウリュがこうまわっている、と教えてもらったり。そこで「一回ずつ新しい外の空気を吸える状態」である“フレッシュエアー”の考え方や、“ロウリュのまわり”を学びました。ロウリュがおりてくる高さなどもすべて計算したうえで、サウナ室が設計されているんです。「Kanzaki Sanga Sauna」のサウナにも、そこで学んだことを細かく反映しています。だから長時間入っても苦しくないんです。
“サウナハイ”→“ディープリラックス”→“サウナトランス”

――ここを訪れて、サウナに“空気”が大切なのを実感しました。
空気ってね、めちゃくちゃ大事で。“ととのう”ということは、リラクゼーションの延長線上にあるんですよね。
最初の段階では、“サウナハイ”の状態になるんですよ。分かりやすく言うとランナーズハイやクライマーズハイと同じ。普通に考えて、42kmも走れないでしょ。階段の上り下りを長時間続けられないでしょ。でもそれをやるうちに、ふっと楽になるときがあるんです。それが“ハイ”の状態。
まあ、変な話になっちゃうんだけども、“サウナハイ”になってリラクゼーションが深くなってくると、“空”とか“無”とか、なにもない状態になるんです。これは私の考えなのですが、今までの経験をすべて司っている人間の大脳新皮質の電気信号がなくなるような感覚、これが次に訪れる“ディープリラックス”の状態だと思っていて。体も脳も完全に何もないような状態が、“ととのう”の2段階目です。
さらにその段階を超えると、原始脳的なものが映像として現れることがあるんですね。まったく関係ないようなことが、可視化される。それが、“サウナトランス”。ヨガでいうところの瞑想に近い、そういう状態になるんですよ。これが、“ととのう”の最終形です。
――すごいですね!
実際、僕は山中湖のサウナでこれを経験したんですよ。トランスした映像と、全く別の心地よさが出てきて。これ、本当に不思議で。自然と自分が一体化するんですよね。地球の回転音みたいなのを感じちゃうというか(笑)。「あれ……自然が俺だったかな? 俺が自然だったかな? どっちだったかな」みたいな状態になるんですよ。自然の中での気持ちよさを体験してしまいましてね。
その体験から「岐阜だったらこんな感じの場所だな」とか「こんなところでサウナに入ったらまた同じ気持ちになれるのかな」というのをずっと思っていたんです。じゃあ、それを叶えられる、自然と一体化できる施設を作ろうと。それで、まずは、神崎川でテントサウナを始めることになりました。
神崎サウナの前身となるテントサウナで気づいたこと
――当初は、テントサウナで運営していた、ということですか?
最初は、いま「Kanzaki Sanga Sauna」がある500mぐらい先で、テントサウナをやってみたんです。当然、空気はきれいです。そして目の前には神崎川。神崎川の水にはじめて触れたときに「なんていい水だ!」とびっくりしたんです。これ以上、サウナに適した水は味わったことがないなぁと。
「ああ、この空気とこの水で施設を作ったら最高にいい施設ができるだろう」と確信。サウナ好きのみなさんに、最高の空気と最高の水を味わっていただきたいなと思いました。それで、今回の施設を作る企画がスタートしたんです。

――空気と水。もはや地球ですね!
神崎川の水の透明度は、ほかにはないと思います。テントサウナで川に入っていたら最初は「気持ちいい」という感覚だけだったんですけど、次第に「ここは中硬水かな」とか「ここは軟水かな」とか、なんとなく肌で感じるようになってきました。で、実際に調べたら、案の定そうだったんです。
全部自分で入ってみて、触ってみて。硬度20ほどの軟水では、僕の体感は“さっぱり”。硬度90ほどの中硬水では、僕の体感は“まろやか”。それを両方味わえるポイントが、「Kanzaki Sanga Sauna」を作った場所。施設を作る立地としては完璧だったんです。
――自然のなかにつくるのはかなり大変だったのでは?
まず、インフラを整えるのがすごく大変でしたよね。電気を使えるようになるのに、半年かかりました。水道を引くには億単位のお金がかかるので、井戸を掘ったり。これも、かなり時間がかかりましたね。電話もつながりにくい場所なのですが、お客さまに快適にすごしてもらうために整えて……これも半年かかりました。
これが完成系。でも、さらに挑戦するとしたら……
――完成度でいうと100%出し切ったという感じですね。
そうですね、100%です。それこそ、フィンランドの古くからのスタイルであるスモークサウナがあったらいいなとは思いますが、火の管理が難しいんですよ。フィンランドのサウナを作るおっさんたちは、自分たちの勲章みたいに火事の話をするんですけど(笑)。
――これから、さらにアップデートするなら?
今はサウナストーブが浸透しましたが、1900年もの間、サウナの歴史はスモークサウナの歴史でした。蓄熱型の排煙装置なしというスタイルですね。そこから公衆サウナができて、蓄熱型の排煙装置ありというスタイルが生まれまして、これが一時期一世を風靡したんですよ。そのスタイルが復刻で出てきていて、その復刻版ストーブを使ったサウナ室なんていうのも、ひょっとしたら、おもしろいかもしれない。
――最後に。サウナ名に込めた思いを教えてください。
「サンガ」というのは2つの意味合いがあります。1つ目は“山と河”。2つ目は、サンスクリット語で「仲間」という意味を持つ言葉なんです。仲間を大切にしながらサウナを楽しんでほしい、という思いを込めているんですよ。
まさに自然と人間の境界を溶かしてくれるような、心と体の真のリフレッシュを体験できる、それが「Kanzaki Sanga Sauna」。訪れるすべての人が、ここでしか味わえない“深いととのい”に出合えるはずです。


Kanzaki Sanga Sauna
■住所=岐阜県山県市片原字大フブセ611-1 岐阜バス停美舟養魚場前 橘向かい
■営業時間=<コンティ/ブリックサウナ>10:30〜20:30、<コタ/予約制サウナ>10:30〜13:30、14:00〜17:00、17:30〜20:30の3部制(今後は夜営業の予定もあり)
■料金=<コンティ/ブリックサウナ>2,000円、<コタ/予約制サウナ>プラス1人2,000円
※その他の情報は公式Instagram(@kanzaki_sanga_sauna)、公式X(@sanga_sauna)、と公式HPをご確認ください
※オープン前に取材をさせていただきました

「SAUNA BROS.vol.10」
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●定価:1,251円(本体:1,137円)
●発行:東京二ュ―ス通信社
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