フィンランドサウナ旅⑧ “幸福”を実感した(!?) 魅力あれこれ

SAUNA BROS.vol.8」の巻頭特集にて掲載した、フィンランドへの旅を、このSAUNA BROS.WEBでもあらためて振り返っています。「世界一幸福な国」とも称される彼の地での、サウナのみならず、さまざまな人や場所との出会い。

前回記事フィンランドサウナ旅⑦自由で楽しくエコ。おとぎの国のような森へ)で訪れた「ヴァイキング・サウナ」のある街、フンピラから車を走らせ、およそ20〜30分ほどすると、フォルッサという街に着きます。

今回はこの街の散策からスタートしてみたいと思います。 (この集中連載のこれまでの記事はこちらからまとめてご覧いただけます。 ←よろしければぜひ併せてお読みください)

目次

テキスタイルの街、フォルッサで出会った“伝統の手仕事”のあたたかさ

私たちのようなサウナ好きにとっては、「フィンランド」といえば、1も2もなく「サウナ」と森や湖といった「大自然」なのですが……もちろんほかにもたくさんの魅力にあふれた国であることはご存じの通りですよね。

そのひとつが「デザイン」だという方も多いのでは?
「マリメッコ」や「イッタラ」(食器やガラス製品)、「アルテック」(家具/スツールやテーブル、照明など)といった世界的にも人気のブランドの商品はもちろんのこと、もっと日常的なさまざまな製品でも、ときに愛らしかったり、ときに洗練されていたり……プロダクトデザインの素晴らしさには、ついつい魅了されてしまいます。

さて。このフォルッサは、古くからテキスタイル=布地、それもプリントテキスタイルの街として栄えてきたところだそうです。

街のはじまりは1800年代の中頃(日本でいえば幕末あたりでしょうか。ペリー来航が1853年ですから)に、スウェーデン人の実業家が、この地を流れる急流沿いに製糸工場をつくり、「フォルッサ社」(フォルッサはスウェーデン語で“急流”や“滝”の意味)と命名したことにあるそうです。
その後、同社は染織工場や機織工場、さらにはフィンランド初のテキスタイルのプリント工場も創設。街の名も「フォルッサ」となり、大いに賑わいを見せるようになったそうです。

1934年には、フィンランド最大の紡績会社=フィンレイソン社とフォルッサ社が合併を果たし、このフィンレイソン・フォルッサ社は世界でも指折りのテキスタイルブランドへと発展することに。1974年に社名がフィンレイソン社となったあとも、同社のプリントテキスタイル生産は、このフォルッサのスタジオで行われ続けたそうです。

もし“フィンレイソン”と聞いてもピンと来ない方がいたら、「フィンレイソン コロナ」とか「フィンレイソン エレファンティ」などと打ち込んで検索してみてください。同社製品の中でも代表的な意匠の数々は、誰もが一度は見たことがあり、「いいなぁ〜」とか「素敵!」と感じたことがあるのでは?


2009年に工場は閉鎖されますが、およそ150年にわたりこの地で行われた生産の史料や膨大な量のデザイン原画、テキスタイルのサンプルが、元工場の建物を利用した「フォルッサ博物館」に収蔵されていて、私たちも見学することができます。

元工場の建物はさまざまに再利用されているそう
それにしても赤レンガって、なんかエモいですね

いつまでも眺めていられます。

シンプルな柄、パターンでも生地の色や模様の色によってさまざまなバリエーションが生み出されてそれぞれ異なる印象が!


続いて、同じく元工場の一角を改装して、今も昔ながらの製法でプリントテキスタイルを作っている小さな工房があると聞き、そちらも見学させてもらうことに。

大きな布地にパターンの抜き型を置き、その日に使用する染料を選び、手際良く、でも丁寧に流し込みます。
長年にわたって使われてきたであろう、この抜き型に染み付いたさまざまな色。この道具だけでも味わい深いです。

この日はピンクの生地に対してパープルの染料が使われるようです。2人の女性が「あうん」の呼吸で、かすれたりムラにならないよう、絶妙な力加減で作業を進めていきます。

すると色鮮やかな美しい柄がくっきりと!
やはり絶妙な感覚で、抜き型を次の位置へと横にずらし……これが繰り返されていきます。


けっして無機質に刷られているのではなく、生地の上に染料がやさしく描かれているかのような仕上がり。これぞ手仕事の妙味!
違う抜き型を載せて、異なる色の染料を使えば、きっと多色刷りの複雑な模様にだってできるのでしょうね。

思わず「イハナ!」(フィンランド語で「すてき!」という意味)と声を上げると、それまで真剣な表情で作業をしていたお2人が嬉しそうに微笑みかえしてくれました。

必要以上には急がない!? 背伸びもしない!? 穏やかで豊かな時間

フィンレイソンの工場が閉鎖されたあとは、街の人口も減ってしまったそうですが、上述したように工場跡地や往時の古い建物はリノベーションされて、さまざまなカルチャー(とくに元フィンレイソンのデザイナーや職人さんなどテキスタイルが大好きな方も多いそう)の発信地になっているそうです。

歴史のある街ならではの、趣き深い水路のような川に沿って、多くの緑や新旧の家並みが整然と並び、街全体もとても美しく、まるで大きな公園のようです。


こちらはアパートでしょうか。集合住宅には、どの建物にも大きなサンルームが張り出しています。きっと冬は、私たちが想像する以上に、本当に日照時間が短いのでしょう。陽光を少しでも享受したいという思いがひしひしと伝わってきます。
また、家で使う雑貨やテキスタイルは「長い冬を快適に過ごす」ために、デザインも形状もさまざまに工夫が凝らされたと聞いたことががあるのですが……そんな話も思い出しました。


ただ、そんなことを思いながらも、私たちが訪れたのは初夏だったこともあり、道ですれ違う人たちがとてもにこやかでキラキラとした表情だったことが印象的でした。



そして、強く印象に残ったものがもうひとつあります。それは、この街の人が乗っている自転車がどれも極限までシンプルだったこと!

ほら! カッコよくないですか?
ブレーキもありません!!(正確にいうと、ハンドルに付いた「ハンドブレーキ」がない、です。止まりたい時はペダルを逆回転させると途端に減速する仕組みの自転車です)


ちょっと妄想も含まれますがこの街の人々は必要以上にセカセカとしていないんだろうな。なんて思ってしまいますね。

好きな仕事、やさしい家族や隣人の笑顔。美しい自然と街並み。穏やかで、とても豊かな時間。


いたずらに私たちの住む日本と比べるつもりはありませんが、ちょっぴり羨ましい気持ちになったのは……事実です。

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